13号大念仏寺・清浄光寺

仏教新発見・第13号
『大念仏寺・清浄光寺』
発行:朝日新聞社
定価:580円

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第13回 チベット仏教の形成

チベット仏教の歴史
イラスト ヨシザワスタジオ

 チベットの地に本格的に仏教が伝来したのは、ソンツェンガンポ王(五八一~六四九年)の時代である。ソンツェンガンポ王は、チベット統一に成功すると、唐にならって政治制度を確立し、吐蕃王国を築いた。また、彼は、インドに人を派遣して文字を学ばせ、チベット文字を作らせたことでも知られている。

 ティソンデツェン王(七四二~七九七年)の時代に、吐蕃王国は全盛期を迎え、強大な力を持った王が崇仏勅書を発布し、仏教は国家の指導理念となった。そして、インドの大学僧シャーンタラクシタや在家密教者パドマサンバヴァの協力を得て、サムイェー寺を建設している。この寺院は、後に中国の禅僧・摩訶衍と、シャーンタラクシタの弟子カマラシーラの論争(サムイェーの宗論)が行われたことで有名である。この論争の結果、後者が勝利し、以後はインド系の仏教が正統説として採用されることとなった。また、ティソンデツェン王の子ティデソンツェンの時代には、『翻訳名義大集』という対訳辞典が作られ、翻訳仏典の訳語統一が図られた。このような動きが、のちに『チベット大蔵経』という形で結実することとなり、多くのサンスクリット原典が失われた現在、重要な役割を果たしている。

 チベット仏教の宗派は、小さな支派などを合わせると多数に上るが、・ゲルク派(チベット仏教再興の祖アティーシャの教えに基づくカダム派の流れを汲み、ツォンカパを開祖とする宗派)、・カギュー派(インドで在家密教者ナーローパやマイトリーパから学んだマルパの宗派)、・サキャ派(ツァン地方の豪族クン氏がサキャに創建した氏寺に由来する宗派)、・ニンマ派(一四世紀の学僧ロンチェン・ラプジャムパによって整備された教義に基づく宗派)が四大宗派として知られている。なかでも、ゲルク派は、世界的に有名になったダライ・ラマによって相承され、チベット仏教の中心的宗派となっている。

ツェチュ祭
ブータン第二の都市パロで開かれるブータン最大の祭り、ツェチュ祭。8世紀のチベットに密教を伝えたインドの名僧パドマサンバヴァの巨大な掛軸が披露される。チベット仏教ではパドマサンバヴァをグル・リンポチェ(高貴なる師)と呼び、尊崇する。
写真 田村 仁

 チベット仏教は、密教を伴う大乗仏教が基本だが、日本に伝わった密教に比べると時代的には新しい。また、管長の死後、その生まれ変わりを探し出し、後継者として養成するという独特の「転生ラマ」制度が見られる。この制度は、もともとカギュー派の支派カルマ派が作り出したものであるが、その成功によって他宗派も導入するようになった。ゲルク派のダライ・ラマも、代々この方法で養成されている。

 チベット仏教は、サキャ派の布教によって一三世紀以降モンゴルにも広まった。また、ブータンは、一七世紀にガワン・ナムゲルがチベットから移住して国を統一したこともあって、その系統のドゥク派(カギュー派の支派)を国教とした。さらに現在では、ヨーロッパ・アメリカを中心として、世界各国に広がっている。ただし、これは中国の支配から逃れる形でインドに亡命したダライ・ラマ一四世やその他の活仏の活動を契機とするものであり、チベット仏教がこのような形で世界中に知られるようになったのは皮肉なことであると言えよう。

(文・堀田和義◎東京大学大学院博士課程)