23号西大寺

仏教新発見・第23号
『西大寺』
発行:朝日新聞社
定価:580円

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第23回 南伝仏教とは何か

南アジア・東南アジアの仏教
イラスト ヨシザワスタジオ

 インドで誕生した仏教は、時代を経てアジアの大部分の地に伝播していった。その中には、仏教が途絶えてしまい現在にまで伝わっていない地域もあ る。しかし、依然として多くの地域では、仏教の教え、それに伴う文化、社会活動が存続している。これら、各地に見られる仏教は、その地域ごとに大きく様相 が異なり、しばしば同一の宗教と見なすことが困難な場合もある。こうした現存仏教は、北伝仏教(北方仏教)と南伝仏教(南方仏教)の二つに大別して考える ことができる。

 南伝仏教は、スリランカ、ミャンマー、タイ、カンボジア、ラオスなど南方の国々に現存している仏教の総称であり、これらの国々の仏教徒は、部派仏 教の一種、上座部の伝統教義に従い、修行を始めとする諸々の活動を行っている。これは中国、韓国、日本、モンゴル、チベット、ベトナムなど北方の国々の仏 教徒が、大乗の教義に従っているのとは対照的である。

 この南伝・北伝という区別は、近代以降の様相に基づいてなされたものであり、必ずしも歴史的な事象をすべて反映している言葉ではない。事実、密教 を含めて、大乗仏教はかつて南方の地域にも伝わり、ある程度の勢力を保っていたのである。例えば、スリランカでも、大観音菩薩石像や、般若経の黄金製写本 などが発見されている。かつて、南方の地域に存在していた大乗仏教、あるいは諸部派の教えやヒンドゥー教などは次第に衰退し、排除され、現在見られるよう な上座部一色の様相になったのである。

在家信者と僧侶の関係

僧侶たちにほどこされた食事の風景
 僧侶たちにほどこされた食事の風景。タイのチェンマイで。タイでは成人男性の大半が出家経験をもつ。
写真 田村 仁

 なお、大乗側が南伝仏教を「自利」のみの教えであると見なし「小乗」と呼ぶこともあるが、その批判は必ずしも妥当ではない。現在、東南アジア諸国 では多くの在家信者が仏教徒として暮らしているが、南伝仏教の教え、そして僧侶たちの活動が、在家信者に広く安寧をもたらしているのも事実である。また、 逆に、南伝仏教こそが釈尊の時代の仏教をそのまま伝えるものであるという見方も、必ずしも正確ではない。初期の仏教に存在したはずの比丘尼(女性の出家 者)教団が、長らく南方の国々で途絶えていたことも、また事実であるからである。

 さて、上座部の教義を中心とする現在の南伝仏教はどのような様相を示しているのであろうか。

 南伝仏教では、僧と在家信者が明確に区別されている。僧たちは厳しい戒律を守り、瞑想を行い、教理を学ぶ。このような修行生活を送りつつ、煩悩を 滅し、阿羅漢(聖者)になることを目指す。この点、仏陀になることを目指す北伝の大乗仏教とは異なる。彼ら南伝仏教の僧侶は、基本的に自らは生産活動を行 わず、在家信者たちによってその生活が支えられている。いっぽう、在家信者は、僧に食事を布施することや、寺院の修復を行うことなどが、功徳を積むことに なると捉え、それが良い現世生活や、より良い来世、あるいは来世以降における解脱につながると考えているのである。

(文・鈴木健太 すずき・けんた 一九七四年、愛知県生まれ。専門は仏教学、インド仏教。著書に『「般若経典」を読む』(共著)など。東京大学COE研究員)