25号久遠寺

仏教新発見・第25号
『久遠寺』
発行:朝日新聞社
定価:580円

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第25回 タイの仏教

東南アジアの仏教遺跡
イラスト ヨシザワスタジオ

 タイは東南アジアの大陸中央に位置し、東はカンボジアとラオス、西はミャンマー、南はマレーシアに接している。タイ族は中国の雲南地方から次第に南下し、一一世紀頃に上座部仏教に出会ったと考えられている。

 その後、一二六〇年頃にはタイ人の比丘(男性出家修行者)がスリランカに赴き、その地の長老を伴って帰国した。そして、彼らのために僧院が建てられた。その後、スコータイ朝第三代ラーマ・カムヘン王や第五代リタイ王の支援もあって、次第にタイ全土でスリランカ流の上座部の教えが信奉されるようになった。

 東南アジア諸国で上座部仏教が広く信奉されるようになった一因は、このように王権が上座部の仏教を選択し、両者が互いに権威付け合う関係を築いたことにある。しかし、多くの国では植民地化により、こうした関係が断たれ、植民地化を逃れたタイのみが、現在でもこの関係を保持している。タイでは国権の代表者である王は仏教徒でなければならないとされている。王は在家信者の代表者として、僧団を支え、仏教の擁護者として振る舞う。一方で、僧侶たちの僧団内の地位は、しばしば国王の権威を拠り所としてきた。国王により僧団内の高い地位が与えられたり、あるいは剥奪されたりすることもあった。

通過儀礼としての出家

 現プミポン国王(ラーマ九世、在位一九四六年~)もかつて一四日間の出家生活を経験したように、タイには一時出家という慣例がある。これはタイ社会における一種の通過儀礼で、少年あるいは青年男子が出家し、一定の期間を過ごした後、還俗し社会生活に戻るというものである。もちろん還俗することなく出家生活を続ける人もいるし、還俗後、再度出家する人もいる。

 一方、仏教が移入されたのが、スリランカで比丘尼(女性出家修行者)が途絶えて以降のことであったため、タイには当初から女性出家の慣例はなかった。その代わりに、強い信仰心をもち、単なる在家信者に満足できない女性はメーチーと呼ばれる修行者になった。彼女たちは、剃髪し、白衣を身につけ、八戒ないし十戒を守り、仏教の教えに従い修行生活を送っているが、正式な比丘尼としては認められていない。同様の修行者はスリランカやミャンマーにも存在する。

得度するタイの青年
得度するタイの青年。期間はさまざまだが、タイの男性のほとんどが、成人する前に一時出家し僧侶となる。
チェンマイ郊外で。
写真 田村 仁

 さて、一九世紀に僧侶時代のモンクット親王(一八〇四~六八年、後のラーマ四世、在位一八五一~六八年)がパーリ仏典への回帰を主張し、復古的改革運動を起こすなど、タイ仏教の出家僧団は釈尊以来の伝統を標榜し、保守的・伝統的な教義や僧団規則を伝えるよう努めてきた。一方、在家信者たちはインド伝来の仏教の伝統のみならず、その土地、民族固有の伝統にも従ってきた。タイ社会には精霊信仰が根強く残っている。森の精霊、田の精霊、家屋の精霊、守護霊など様々な精霊がいるとされ、人々はそれらを祀り供物を捧げる。その一方で、在家信者たちは仏教徒という自覚も持ち、僧侶に対する布施など仏教徒としての務めも果たしている。このようなタイの在家仏教徒の態度と、仏壇と神棚を両方祀ってきた日本人の態度との類似性も指摘されている。

(文・鈴木健太 すずき・けんた 一九七四年、愛知県生まれ。専門は仏教学、インド仏教。著書に『「般若経典」を読む』(共著)など。東京大学COE研究員)