発刊の辞

花山 信勝  1958年4月8日


東京大学仏教青年会の発足は、第一次世界大戦後における内外の情勢に鑑みて、大正八年三月十六日であった。その後、昭和二年六月機関紙「仏教文化」が創刊せられ、十数年間にわたり全国の高等学校仏教青年会諸友にまでもゆきわたってひろく愛読されたものである。しかるに戦時中の特殊事情により名古屋の雑誌「信道」と合併するの止むなきにいたり、われらの機関紙は中絶して今日に及んだのである。 第二次世界大戦後すでに十数年を経過した現在、諸般の情勢はもはやわれらの冬眠を許さなくなった。東西の距離は短縮せられ、異質文化相互の交流は戦前の比でなく、科学は日進月歩というよりも急進して、世界は今やあげて地上から大宇宙間の競争へと努力している。しかしひるがえって静思するに、人工衛星や大陸間弾道弾等の完成の日が間近だとしても、人間の生命を永遠ならしめるという科学技術が可能であろうかどうか。われらの生命は瞬時も停まらず、流れて止まぬという事実は、誰れでもが皆よく知っている。人間最大の幸福は生であり、その逆は死である。それにもかかわらず、現代の青年にして自殺する者の数多い事実――日本は世界一の自殺国――は、どうしたことか。現代青年の最もあこがれの目標となっている東大へはえある入学を全うしながら、昭和二十三年から本年三月までの自殺者及び同未遂者が駒場だけで実に四十一名の多数にのぼるという。最近教養学部の学生を対象に哲学研究会で行なった調査によれば、「死」について「物理的、生物学的現象にすぎぬ」と答えた者が圧倒的に多かったと。又、「今までに死にたいと思ったことのある者」が被調査者の約半数を占め、その理由としては、社会と自己との相剋、厭世、自己嫌悪、恋愛、家庭問題、将来への苦慮、学業の失敗、病苦等があげられたとのことである。大自然と人間との全一機構の中に相互縁成して生かされ、また育てられている自己ということが少しでも考えられたか、という憾みが深い。道徳ということも、今や戦後の全世界的問題として各社会の人々によっていろいろに論じあわされている。 かかる時にあたり、東大仏教青年会学生諸君の若々しい編集になる「仏教文化」がここに発刊を見たことは、はなはだ意義深いものがあろう。人生の根本意義を究明しながら、究極は世界の平和と人類の幸福とに貢献することのあらんようにと願い、一言もって発刊の辞とする。

(了)