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第3回 仏教とジャイナ教

 みなさんは、ジャイナ教という宗教を御存知でしょうか? ジャイナ教というのは、前回、六師外道のひとりとして触れたニガンタ・ナータプッタを事実上の開祖とする宗教です。 「生き物を傷付けてはいけない」という教え(=不殺生)を厳格に守ることで有名で、信者はみんな菜食主義を徹底しています。 また、インド独立運動で活躍したマハトマ・ガンジーの非暴力運動(原語は不殺生と同じく「アヒンサー」)に大きな影響を与えたことでもよく知られています。

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 実は、仏教とジャイナ教の間には、かなりの共通点があります。それもそのはず、両者が生れたのは同じ時代、同じ地域だったのです。 さらには、仏教の開祖である釈迦とジャイナ教の開祖マハーヴィーラは、同じく王族階級の出身でした。その結果、たくさんの共通点が生れました。 それらは、信者が守るべき戒め、開祖の呼び名、お経の登場人物、お経に出てくる表現や比喩など、様々な点に認められます。 特に、お経に出てくる表現の類似は、非常に興味深いものがありますので、一例を挙げてみましょう。仏教の『ダンマ・パダ』という古いお経には、次のようなフレーズがあります。 「戦場に於て百萬人に勝つとも、一の自己に克つ者こそ實に最上の戦勝者なれ。〔103〕」(『真理のことば』中村元訳、岩波文庫) 一方、ジャイナ教の『ウッタラッジャーヤー』という古いお経には、次のようなフレーズがあります。 「勝利しがたい戦闘において百万の敵に打ち勝つ者にとっても、一つの自己を克服することが最高の勝利である。(9・34)」どうでしょうか。 あまりの類似に、驚く方も多いかと思います。西洋で仏教やジャイナ教についての学問が始まった頃、学者たちは両者の違いに気付かなかった、などという話も耳にします。 出来すぎた話のようにも思えますが、これほどまでに共通点があれば、あながち作り話でもなさそうです。

 さて、2つのものの間に共通点が見られる場合には、どう考えれば良いのでしょうか? 誰もがすぐに思いつくのは、A→B、もしくはB→A(この場合だと、「仏教→ジャイナ教」、もしくは「ジャイナ教→仏教」)という影響関係ではないでしょうか。確かに、このような影響関係もあったことでしょう。しかし、この2つの宗教の共通性の場合には、もっと古いところに遡らなければなりません。つまり、「共通の母体(X)→ A, B」という関係なのです。言い換えますと、「兄と弟がそっくりなのは、親が同じだから」といったところです。そして、この場合の親に相当するものは「沙門宗教」などと呼ばれます。このように、仏教とジャイナ教は親を同じくするため、「双子の宗教」だとか「姉妹宗教」などとも呼ばれているようです。

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 しかし、両者には相違点もたくさんあります。一例を挙げると、仏教は、大乗仏教の誕生などの大きな展開を見せ、中央アジア、中国、朝鮮半島を経て、日本にまで伝わりました。 他にも、チベット、モンゴル、東南アジアなどに広がっています。しかしながら、インド本国では13世紀頃に衰退してしまいました。 一方、ジャイナ教には大きな展開もなく、インドの外へと広がることもありませんでしたが、衰退せずに生き残り、現在でもインドに根付いています。 このように2つの宗教が異なった運命を辿った要因は複雑ですが、それぞれの宗教が自分らしさを確立していった結果だと言えるでしょう。 幼い頃はそっくりだった兄弟姉妹が、成長する中でそれぞれの個性を育み、似ても似つかない2人の大人になったようなものです。

[文・堀田和義 平成21年10月]